自前のエッセイ
02

なぜ個人開発をするのか

週20時間・一人・複数プロダクト。続けられる個人開発のかたち。

2026·06·8分·公開

週に20時間、一人、複数のプロダクト。これがいまの個人開発の輪郭です。チームを否定したいのではありません。ただ、この三つの数字が形を決めてしまう、その様子を書いておきたいと思いました。

本当の制約は、時間ではなく注意です

本業のかたわらで確保できるのは、正直に見積もって週20時間でした。足りないのはお金でも技術でもなく、注意のほうです。20時間という数字を決めた瞬間に、ほとんどの設計が芋づる式に決まっていきます。

注意は、複数のものに分けると目減りします。十個のことを少しずつ進めるより、二つのことを生かし続けるほうが、同じ20時間でも残るものが多い。だから手を広げません。いまはSonirとjpzipの二つだけです。「あれもできる」を足すたびに、注意は薄まり、どれも中途半端になる。これは何度か通って覚えたことでした。

サーバを持たない、という選び方

jpzipは静的JSONをCDNから配るだけの設計です。Sonirは端末の中で測定が完結します。どちらもサーバを常時面倒みる必要がありません。これは思想というより、20時間で生き延びるための都合です。

世話の要るサーバは、未来のすべての週にかかる税金のようなものです。落ちれば呼ばれ、混めば調整し、放っておけば腐る。一度立てたサーバは、作る時間ではなく、維持する時間を毎週少しずつ削っていきます。Local Firstや静的配信を選ぶのは格好をつけたいからではなく、維持に注意を取られない設計でなければ、20時間では回らないからでした。

作るときに、いちばん長く問うのはこの一点です。これは、わたしがいなくても動き続けるか。答えが「いる」なら、設計を考え直します。

一人なのは、調整をしないためです

一人で作るのを、孤独な美学のように語るつもりはありません。あれは調整コストについての判断です。

20時間しかない予算で誰かと組めば、すり合わせと同期が予算を食います。会議がゼロ、共有がゼロ、合意形成がゼロ。浮いた分はすべて、作ることに回せます。一人であることの意味は、寂しさではなく、20時間を丸ごと手の動きに変えられることのほうにありました。

正直に言えば、遅いです

良いことばかりではありません。一人は、ただ遅い。Sonirはずいぶん長く動作確認の段階にいます。自分自身は並列化できないので、片方を進めれば、もう片方は止まります。出ないまま終わるものもありました。サポートも、宣伝も、判断も、全部こちらが抱えます。

それでも続けているのは、線の全部を持てるからです。コードも、デザインも、ドメインも、ライセンスも。コードを先に出し、デザインは引き算で居場所を得て、長く続くものを育てる。この一本の筋を、誰かに削られずに通せる。十回のローンチより、毎月手入れしたjpzipが何年も生きていることのほうが、わたしには価値が大きいと感じています。複利は、続けた人にだけ効きます。

続けるための、地味な工夫

持続のために守っているのは、派手な習慣ではありません。三つだけです。

ひとつ、自分がいなくても動く設計を選ぶこと。静的配信、Local First、オンコールなし。これが時間を返してくれます。ふたつ、プロダクトの数を増やさないこと。二つを長く、が上限です。みっつ、書き残すこと。未来の自分は、今日の文脈を覚えていません。判断の理由を残しておけば、二週間後でも、その続きから再開できます。

個人開発の形は、根性で速く回すことではありませんでした。少なく持ち、面倒の出ない設計を選び、続けられる速度で、ただ止めないこと。20時間は、それを守るかぎりは、続けられる速さだと感じています。

質問への応答

寂しくないですか。 作っている時間は寂しくありません。むしろ調整がない分、静かです。困るのはサポートを一人で抱えるときと、判断を相談できないときでした。そこは書き残すことで、いくらか補っています。

資金を入れたり、人を雇ったりしないのですか。 入れれば速くなりますが、注意は速くなりません。人を雇えば調整が戻り、資金を入れれば成長への責任が戻る。どちらも20時間の前提を壊します。いまは、壊さない速さのほうを選んでいます。

何を作るかは、どう選ぶのですか。 維持に注意を取られないか、を最初に見ます。サーバを常時抱えるもの、毎日張り付くものは、20時間では続きません。自分が使い続けたいか、も同じくらい大事でした。使わないものは、手入れが止まります。

週20時間で、本当に続くのですか。 速くは進みません。それは認めます。ただ、続くかどうかは速度ではなく、設計で決まります。世話の要らないものを少なく持つかぎり、20時間は何年でも払える額でした。